大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)5372号 判決 1972年6月27日
主文
一、被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、別紙物件目録記載の土地を明渡せ。
二、被告(反訴原告)の原告(反訴被告)に対する反訴請求を棄却する。
三、訴訟費用は本訴反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。
四、この判決は主文第一項に限り原告(反訴被告)において金二〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告(反訴被告、以下単に原告という)
(本訴)
主文第一、三項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言。
(反訴)
主文第二、三項と同旨の判決。
二、被告(反訴原告、以下単に被告という)
(本訴)
「(一)、原告の請求を棄却する。
(二)、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
(反訴)
「(一)、原告は被告のため別紙物件目録記載の土地について門真市農業委員会に対し、賃借権設定許可申請手続をせよ。
(二)、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二、当事者の主張
(本訴請求原因)
(一)、原告は農地である別紙物件目録記載の土地(以下単に本件土地という)を所有している。
(二)、被告は本件土地を占有している。
(三)、よつて、原告は被告に対し所有権にもとづき本件土地の明渡を求める。
(本訴請求原因に対する答弁)
本訴請求原因事実はすべてこれを認める。
(抗弁)
(一)、被告は、昭和三三年原告との間で本件土地について、賃料を年米一石分相当の金員とする期間の定めない賃貸借契約を締結した。
(二)、仮りに右賃貸借契約が門真市農業委員会の許可を得ていないため無効であるとしても、原告は右契約締結の際の特約により、または右契約上当然に、被告のため本件土地について門真市農業委員会に対する賃借権設定許可申請手続に協力すべき義務がある。よつて被告は原告に対し右義務の履行を求める債権を有しているから、留置権に基づきその履行と引換えでなければ原告に対し本件土地を明渡すことはできない。
(三)、更に原告は農地の賃貸人として、被告のために賃借権設定について農業委員会の許可を得るため所定の手続をとるべき義務があつたにもかかわらず、これまで何らそのような手続をとることなく放置しておいた。しかるに今に及んで本件賃貸借契約は農業委員会の許可がないから無効であるとして本件土地の明渡を求めるのは、賃貸人として著しく信義に反するものであつて許されない。
(抗弁に対する答弁ならびに原告の主張)
(一)、抗弁(一)の事実は否認する。もつとも、原告は昭和三八年三月二日被告との間で本件土地について賃料年米一石、賃貸借期間一一ケ月、但し、原告において入用のときはいつにても返還するとの約定の賃貸借契約を締結し、その後昭和三九年二月二日および昭和四〇年二月二日にいずれも右と同一の条件で右契約を更新したことはある。しかしながら右賃貸借契約は門真市農業委員会の許可を受けていない無効なものであるのみならず、既に昭和四一年一月二日をもつて期間の満了により終了しているから被告の主張は理由がない。
(二)、抗弁(二)および(三)の主張は争う。原告は後に反訴において詳述するように農業委員会に許可申請手続をする義務はないから、右義務のあることを前提とする被告の抗弁は失当である。
(反訴請求原因)
(一)、被告は昭和三三年(ただし予備的に昭和三八年三月とも主張する)原告との間で農地である本件土地について、賃料を年米一石分相当の金員とする期間の定めのない賃貸借契約を締結し、その際原告において被告のために門真市農業委員会に対する賃借権設定許可申請手続に協力する旨の特約がなされた。
(二)、原告は右特約により、あるいは特約がなかつたとしても右賃貸借契約上当然に、被告のため門真市農業委員会に対する本件土地についての賃借権設定許可申請手続に協力すべき義務があるから、被告は原告に対し右義務の履行を求める。
(反訴請求原因に対する答弁ならびに原告の主張)
(一)、反訴請求原因(一)の事実のうち、昭和三八年三月二日原、被告間で本件土地について賃貸借契約が締結されたことは認めるがその余の事実は否認する。本件賃貸借契約の内容ならびにその更新については、先に本訴における被告の抗弁に対する原告の答弁および主張の項で述べたとおりであつて、右契約は既に期間の満了によつて終了している。
(二)、反訴請求原因(二)の主張は争う。本件においては次のような別段の事情があつたのであるから、賃貸借契約が締結されたからといつて、その契約上当然に原告が主張のような協力義務を負うものとはいえない。すなわち本件土地は、以前八尾栄三郎に賃貸していたものであるが、昭和三七年二月合意解約により右八尾から返還を受け、その後は原告の夫である橋周において耕作にあたつていたところ、昭和三八年三月頃同人が年来の胃病のため病臥し耕作に従事できなくなつたため、原告としては夫の病気が快復する迄とりあえず一時的に他へ賃貸することとし、原告所有の他の農地を賃借耕作していた被告に賃貸したもので、右事情については被告も了承していたものである。なお、本件賃貸借契約が二回更新されたのは一回目の時には夫の病状がいまだ快復に至つていなかつたからであり、二回目の時は、病状もやや好転していたので返還を求めたのであるが、被告より「まだ無理であるからあと一年耕作してあげよう」といわれ、無下に断るわけにもいかなかつたからである。以上のとおり本件賃貸借契約は右のような事情のもとに一時的かつ短時間の農地賃貸借として、当時者間においても農業委員会にその許可申請手続をする意思は全くなしに締結されたものであるから、かかる場合賃貸人たる原告に農業委員会に対する賃借権設定許可申請手続に協力すべき義務が生ずるわけのものではない。
(原告の主張に対する被告の反論)
原告主張(二)の事実中、本件土地の賃貸借の期間が原告の夫橋周の病気快復迄の期間に限られる一時的なものであり、その性質上原告において農業委員会への許可申請義務を負担することのない賃貸借であつたとの主張は争う。
第三、証拠関係(省略)
理由
第一原告の本訴請求について
一、本件土地は原告の所有に属する農地であり、現在被告がこれを占有していることは当事者間に争いがない。
二、そこで被告の抗弁について判断する。
(一)、賃借権の抗弁について
証人橋周の証言によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第一、第二および第四号証(いずれも本件土地についての賃貸借契約書)、官公署作成部分についてはその成立につき当事者間に争いがなく、原告ならびに八尾栄三郎作成部分については証人橋周の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認められる甲第三号証に証人御田朝治郎、同橋周(第一、二回、但し後記措信しない部分は除く)の各証言、被告本人尋問の結果(但し一部)ならびに弁論の全趣旨を総合すると次のような事実が認められる。すなわち、
原告は自作地約二反、小作地約四反計約六反の農地を所有しているものであり、本件土地ももと八尾栄三郎に賃貸していたものであるが、昭和三七年二月頃右八尾との間の賃貸借を合意解除してその返還を受け、その後しがらく本件土地で野菜作りなどを始めたが、原告自身は病弱である上、会社勤めをしていた夫も健康がすぐれなかつたため、翌三八年三月本件土地を当時その隣地を原告から賃借して農業を営んでいた被告に暫時賃貸することになり、賃料は年に米一石と定められた。なおその際賃貸期間については特に明確な約束はなされなかつたが、原告においてはこれを長期に亘つて被告に賃貸するつもりは全くなく原告において必要な際は何時でも返還を受けられるようにしておくことを希望したので、契約書(甲第四号証)の上では賃貸期間は形式上翌三九年二月までの一一ケ月間とするとともに原告が入用の節は何時でも無条件で返還する旨の文言が付加された。そして右賃借権の設定については農業委員会への許可申請手続はしない旨の了解の上で被告に引渡がなされた。その後原告は昭和三九年二月と昭和四〇年二月の二回に亘り被告から甲第四号証の契約書と同じ内容の契約書を徴し農業委員会の許可のないまま被告に本件土地を賃貸してきたが、昭和四一年の初頃被告にその返還を求めたところ拒絶されたので、その後一年余経過した後に本訴を提起するに至つた。以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右の事実によれば原被告間には昭和三八年三月ごろ本件土地につき賃料年米一石とする期間の定めのない賃貸借契約が締結されたものというべきであるが、右賃借権設定についてはいまだに門真市農業委員会の許可を受けていないことさきに認定したとおりであるから、農地法三条一項、四項の規定により右賃貸借契約は法律上効力を有しないものであり、したがつて被告は本件土地につき賃借権を取得していないものといわざるを得ないから、被告の賃借権の抗弁は理由がない。
(二)、留置権の抗弁について。
本来留置権とは他人の物の占有者がその物に関して生じた債権を有する場合、その債権の弁済を受けるまでその物を留置しうる権利をいうものであるところ被告が原告に対して有すると主張する賃借権設定許可申請手続請求権は本件土地の賃貸借契約により生じたものではあるけれども本件土地に関して生じた債権とはいいえないから、被告の留置権の抗弁は主張自体失当である。
(三)、信義則違反の抗弁について。
被告は原告に農業委員会に対し賃借権設定の許可申請をなすべき義務があることを前提として信義則違反の抗弁を提出しているが、さきに認定した事実によれば本件の場合原告にはかかる義務がないものと解すべきであるから、原告に右義務のあることを前提とする被告の右抗弁も理由がない。
三、以上のとおり、被告の各抗弁はいずれも認められないから、被告は原告に対し本件土地を明渡すべき義務があるといわざるを得ず、したがつて原告の本訴請求は理由がある。
第二被告の反訴請求について
昭和三八年三月ごろ、本件土地について原、被告間において、賃料年米一石とする期間の定めのない賃貸借契約が締結されたことは前認定のとおりであるが、右の賃貸借は、いわゆる闇の農地賃貸借として当事者間において農業委員会に対する賃借権設定許可申請手続はしないことを前提としてその了解の下になされたものであることさきに本訴において認定した通りであり、他にこれに反する証拠はないから、原告としては右許可申請手続に協力すべき義務はないものというべきである。
したがつて被告の反訴請求は理由がない。
第三結論
以上のとおり、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。
別紙
物件目録
門真市大字三ツ島四七八番地
田 七二三、九六平方メートル(七畝九歩)